日本の食文化を考える

主食のコメ文化

日本の食文化を考える時に第一番に食材としての「米=ご飯」がもたらしてきた影響が上げられます。

 

稲作が日本に大陸から伝わった時期は現在から3000年以上の昔に遡ります。

 

世界でのお米の稲作が始まったのは6000年前にインドのアッサム地方か中国の雲南地方になるそうですがハッキリした判断が出来ないようです。

 

日本の伊勢神宮などにも残る古事記中の神話には天孫降臨「神々が降りてきて治める」場面がありますが、神々が3種の神器とともに稲を持参して降臨したとあります。

 

これは現在の中国大陸から朝鮮半島を通じて稲作が日本に伝わった事を示していると考えられますが、何れにしても古代から日本人は稲作を知ったことで狩猟生活から稲作生活に変化したことで島国ながら栄えてきたと考えられます。

 

以来、日本人の祖先たちは米を大切にして主食とすることと、周囲を海に囲まれている事で太平洋や日本海に近い人々は魚貝類や海藻類を副食とし、山岳部の人達はイノシシやうさぎなどの動物と川魚と木の実や野草などを副食にして来ました。

 

数千年に及んで日本人は主食の米と少量の魚貝類や小動物と木の実等を副食とした食生活を営んで来ましたことが日本人の体質にも大きく関わっております。

 

日本の食文化を考えるときには、米という保存可能な食材を中心に山海から得た副食物を塩干物や漬物にしての保存法を開発して、干ばつや冬季における飢饉もしのいできたことが上げられます。

 

日本は世界の中でも長寿の国として注目されておりますが、このような日本独特の食生活が大きく関係しているのかもしれません。

気候風土と地理的条件からの食文化

四方を海に囲まれた日本人の祖先たちは狭い国土の中で稲作を大切にしながら全ての文化を築いてきたと言えます。

 

最後の氷河期が終わって旧石器時代がはじまり、その後に今から15.000年~6.000年前の狩猟生活の縄文時代になりますが、この時代には既に縄文の火焔土器や壺を用いて煮炊きする生活をしておりました。

 

竪穴式の住居も出来ていましたが、この時代の中心は海辺の貝類を土器で焼いて食べるのと狩猟で得た小動物を煮炊きして生活指定多様ですが、今も残る貝塚の遺跡から伺い知れます。
この縄文時代後期から晩期にかけて、既に熱帯産のジャポニカ米の稲作が行われていた事も判明していますので、古事記や日本書紀などに登場する「天孫降臨」によって稲作がもたらされたとする説では今から3.000年ほど前になりますので時期的に疑問が残ります。

 

何れにしても日本人の食文化は縄文時代から狩猟生活{移動生活}が稲作生活{定住生活}に移行が始まったと考えられます。

 

日本の食文化に大きな影響を与えてきたものには四季の気候の変化と四方が海に囲まれている事があります。

 

四季折々に野に生える野草や木の実、暖流と寒流が交差する海の魚貝類と海藻類を巧みに煮炊きする料理は日本独特の調理技術と文化を生み出して来ました。

 

素晴らしい食材の宝庫である海や山に恵まれ年間の四季の新鮮な食材のある日本の地理的条件が「旬のもの」を大切にする日本の調理に対する考え方の基になっています。

 

刺身のように新鮮な旬の魚貝類を新鮮さを失わないような調理技術を生み出し、四季おりおりの野草などの旬のものを新鮮な状態で食べられるように調理する技術も育まれて来ました。
また、自然の恵みに感謝して大切にする日本人の心が「自然を自然のまま食す」調理文化を育んできたとも言えます。